トラック運転手(30代)がプログラマーになるまで

高校卒業後〜トラック運転手時代の記録(30才まで)

高校卒業後、製造・医薬品会社の置き薬セールスマンを経てトラック運転手になるまでの記録です。

 

(1)高校卒業後は製造業に工員として就職
(2)次に某医薬品会社の置き薬セールスマンに就職
(3)そしてトラックの運転手へ

 

(1)高校卒業後は製造業に工員として就職


自分は地元の平凡な商業高校を卒業後、自宅の近くの工場に就職が決まりました。
トラック

 

当時はトラックの運転手ではなく、工員いわは製造現場の作業員です。
比較的大きな会社だったので、今思えば給料やボーナスも良く福利厚生もしっかりしていて安定した仕事でした。

 

ただ、交代制勤務で休みが不規則であり、趣味としてずっと続けていた野球チームの試合に参加できなくなってしまったことがストレスでした。
まだ若かった自分は、当時の恵まれた環境に気づかず1年後に転職しました。

 

 

(2)次に某医薬品会社の置き薬セールスマンに就職


次に就職したのは、某医薬品会社です。
営業マン

 

ハローワークで見かけた求人に応募しで、未経験でしたが常に人を募集している会社だったので、すんなりと決まりました。
医薬品会社のセールスマンといっても、MRとかではなく、個人の自宅に置いている置き薬のセールスマンです。

 

勤務した当初1年間は、ほとんどがルート営業で一応ノルマはありましたが厳しくありませんでした。
ノルマさせ達成出来れば上司も厳しくありませんし、多少のサボりも黙認してくれました。

 

顧客はお年寄りが多かったので、顔なじみになると親切な方はお茶はお菓子を出して招き入れてくれました。
全然関係のない話を延々と聞かされることもありましたが、人の話を聞くのは嫌いでは無いので苦では無かったです。

 

会社の業績不振と厳しくなるノルマ

 

入社後1年は、割と営業成績も良くストレスも少なく勤務することが出来ました。
ただ、置き薬の業界は当時頃から、業績不振に陥ります。

 

手軽に買いに行けるドラックストアがどんどん増えていった時期です。
置き薬を置いておく家庭も減り、勤務していた会社の業績も悪化し、ノルマもどんどん厳しくなりました。

 

今までは、ルートセールス先のお年寄りの話を聞いて、薬を補充していれば良かったのですが、利益率の高いサプリメントや栄養ドリンクのセールスが義務付けられました。

 

また、顧客の新規開拓も必要になりました。
玄関口で、何度も断られ、時には罵声を浴びせられ、一転して毎日が辛い日々になりました。
情けない話ですが、新規の顧客の玄関の前に立つと足が震え、チャイムを押すことが出来なくなりました。

 

自分がノルマを達成するためには、従来の顧客にサプリメントや栄養ドリンクを打っていくしかありません。

 

退職のきっかけ

 

当時、いつもとても親切にしてくれたお婆さんがいました。
お婆さんの家族の話や昔の思い出も沢山聞きましたし、自分も当時の彼女の話などをするようになりました。

 

そのお婆さんに、利益率が高いというだけのサプリメントを勧めているうちに、自分自身がどうしようも無く情けなくなってしまい、話しながら急に涙がどんどん溢れ出て来ました。

 

お婆さんはとてもびっくりして、落ち着くまで長い間、肩を叩いてくれました。

 

そして、自分がやっぱり買わなくていいと言ったそのサプリメントを、自分がどうしても欲しいから、と言って買ってくれました。

 

お婆さんの家には、この件以来行くことが出来ませんでしたが、訪問するたびに優しく出迎えてくれたことに、そして最後まで優しく接してくれたことに、今でも本当に感謝しています。

 

この件の後、自分にはこの仕事を続けるのは無理と感じ、すぐに退職してしまいました。

 

結局、入社して2年で、退職してしまいました。
当時でも置き薬業界は厳しい厳しいと言われていましたが、現在はさらにドラックストアが乱立し厳しい状態だと思います。
当時一緒に働いた同僚や先輩も、今は別の職場で働いています。

 

 

(3)そしてトラックの運転手へ

 

トラック
置き薬のセールスマンを退職したときには、20才になっていました。

 

転職を繰り返していたので、さすがに焦りを感じてきていましたが、前職の経験で営業や人と接する仕事に対する恐怖感がありました。

 

色々と悩んでいた時、趣味の野球チームの親しくしていた先輩からトラック運転手にならないか、と声をかけてもらいました。
以前から運転する仕事に興味があり、バスの運転手になろうと思ったこともありました。

 

トラック運転手なら、あまり人と接することも無いだろうと思い、転職を決意しました。

 

それから約10年間、トラック運転手として勤務しました。

 

正直、ブラックじゃ無い会社なんでトラック業界にあるのか?と思うほど、この業界は全体的に労働条件は良くないと思います。

 

自分が勤務していた会社も、朝早くから夜遅くまでの勤務・休日出勤は当たり前でした。
ただ、周囲の人と気が合って、前職のような自分が情けなくなる程、落ち込むことはありませんでした。

 

人に自慢できる仕事では無いかもしれませんが、自分なりに頑張っていました。

 

そして、28才で結婚もしました。

 

このままトラックで家族を養っていこうと思っていましたが、椎間板ヘルニアになってしまい入院、腰に負担の大きいトラック運転手を続けることが難しくなりました。

 

そこで、退職後プログラマーを目指すために職業訓練校に通います。

 

(2)職業訓練校時代へ